「日本とフランス二つの民主主義」(光文社新書)は非常に良くできた本だった。著者の薬師院仁志氏は社会学者。データの引用が多くて一見読むのが面倒くさそうな本なのだが、適度に硬軟折り混ぜてありすらすら読める。
主題はとてもシンプルだ。要は、我々が普段、目にしている民主主義には「みんな自由だけど不平等」と「みんな平等だけど不自由」の2種類がある、という話。前者の代表は米国の現・共和党政権で、後者の代表にはフランスの現政権がある。
さて日本はどちらか。というと米国に近い。で、フランスの不自由平等式民主主義を紹介して「もうひとつの選択肢」について知っておいてはいかが? というのが本書の趣旨だ。
能力のある人や企業が自由に商売してどんどん儲けられる社会は必然的に不平等になるので、商売の自由はキッチリ制約して、大きな政府ができるだけ平等に利益分配しましょう。これがフランス式。ただし、世界的な経済競争の御時勢では、国ごと負け組みになってしまう危険性が高い。
一方、アメリカ式は国際的にバンバン儲ける化け物企業が出現しやすい。ドン底からの成りあがりも可能だ。ただ、それには安定した経済成長が不可欠だし、貧乏人は麦を頬張る羽目になる。
欧州ではフランス式の平等主義を主張するのは「左翼政党」でアメリカ式の自由主義は「右翼政党」の主張らしい。日本の左翼はなんともフォローしにくい惨状をさらしているが、向こうでは早くにマルクス主義と決別した「まともな左翼」が健在している。また、右翼政党も反ナチズムが起源なのでレイシズムとは無縁だ。
よくニュースで「緑の党がナンタラカンタラ」というのを聞いて、ヨーロッパよ、大丈夫か? と思っていたのだが、ようやく謎がとけた。日本の社民党のイメージで捕らえているのは大きな勘違いだった。
本書で紹介している話で、面白いのが徴兵制をめぐる右派・左派の議論だ。フランスは近年、徴兵制から志願制に鞍替えしたが、徴兵廃止の是非をめぐって争った当時、右派は徴兵制廃止を主張し、左派は徴兵制維持を主張した。
これは欧州の左派・右派を理解するには一番いいエピソードだろう。つまり、左派は国民が平等に防衛義務を負うことが重要だと考えた。右派の言い分「もうハイテク兵器全盛の御時勢だから、素人さん徴兵しても役に立たないんだよね」は分かるけど、でもさ、そうなるとボンボン息子とかは絶対に志願兵にならないし、不平等だよ。こういう考え方だ。ちなみに徴兵制のオリジナルはフランスの革命政府だから、そういうのも影響してるかもしれない。
アメリカ軍は志願性にして黒人だらけになった。これが自由主義。でも武勲を立てたスラム出身の黒人青年は、のちに政府の高級高官になるかもしれない。がんばれば報われる。それが自由主義。付け加えておくと、少々無茶な戦争をしてでも自国の商売を守るのもグローバルな自由主義と言える。
フランスでは日曜日に商店を営業することは禁じられているらしい。これが平等主義。「おれは寝なくても働けるから毎日深夜まで営業して、お客さんに最高のサービスをしたい」と言っても駄目。一種のワークシェアリングだろう。不自由だ。
著者は日本にこういう健全な左派がいないから選挙しても意味がないとまで言う。
ご存知のとおり、日本の左派政党は末期症状をさらしている。治療には大手術が必要だが、患者はもたない。ごまかしごまかしやっていくしかないのだろう。
そうなると民主党に期待がかかるが、こちらもどうしようもなく頼りない。何を考えているかも良く分からない自民党の二軍になっている。
なぜ、欧州では平等主義が強いのかというと、フランス革命時の思考回路がまだ残っているからだろう。ギロチンファンのロベスピエールが「人権」を誓ったという「理性の神」が生きている。かたや日本は、突貫工事で作られた憲法があるだけだ。朝日新聞によると、最近、9条を書き写す「写九」がひそかなブームだという。もう憲法を宗教にするしかないのかもしれない。
ピューリタンの伝統に根ざしたアメリカの民主主義は異形だが、日本も負けずに変だろう。じゃあオルタナティブな道はどこにあるのか。
そんなことを考える上で参考になる本でした。